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福岡高等裁判所 昭和29年(ラ)39号 決定

抗告人 申立人 角銅義賢

訴訟代理人 上野開治

相手方 本田機工株式会社

主文

原決定を取消す。

本件を福岡地方裁判所に差戻す。

理由

一、抗告の要旨。

原決定は、抗告人(本件建物の競落人)が申立てた引渡命令の目的たる建物の部分は、原裁判所昭和二五年(ヌ)第一七号不動産強制競売事件の債務者藤壼勇の占有するところではなく、本多機工株式会社(相手方)が占有していることは、抗告人自から主張するところであるから、債務者に対し引渡命令を発することはできないという理由のもとに、抗告人の引渡命令申立を却下したのであるが、右競売事件は、昭和二十五年七月一二日強制競売手続開始決定によつて、その目的たる本件建物に対する差押の効力を生じたので、昭和二七年一月債務者藤壼勇から、同建物の一部(抗告人が引渡を求める部分)を賃借し引渡を受けて、これを占有している相手方会社は、同建物の競落人たる抗告人に対し、その賃借権をもつて対抗することができないのは当然で、既に抗告人が、昭和二八年九月二四日競落代金の全額を支払つた以上、抗告人は相手方会社に対しその占有部分の引渡命令を求め得べきであるから、原決定を取消し、抗告人にこれが引渡を命ずる裁判を求めるというのである。

二、当裁判所の判断。

(1)  抗告人が申立人として原裁判所に対してなした申立の趣旨は、やや明瞭を欠くの憾みがないとは言えないけれども、抗告状の記載及び当裁判所のなした抗告人審尋の結果を斟酌すれば、その引渡命令申立の趣旨は前示抗告の要旨に記載の通りでなお少しく附言すれば抗告人は、債権者宮川一二対債務者藤壼勇間の福岡地方裁判所昭和二五年(ヌ)第一七号不動産強制競売事件の昭和二八年七月二〇日の競売期日において本件建物に対し最高価競買の申出をなし、同月二五日競落許可決定を得て確定したので、同年九月二四日代金の全額を支払い同建物は完全に抗告人の所有に帰したにもかかわらず同建物のうち南側(全建物の約三分の一に相当す)は、昭和二七年一月相手方会社が債務者から賃借して占有し、これを抗告人に引渡さない経緯であるが、しかし右賃貸借は、前記競売事件の強制競売手続開始決定により本件建物に対する差押の効力を生じた後に締結されたものである以上、同会社はその賃借権をもつて、債権者従つて亦競落人たる抗告人に対抗できないから、同会社に対し、その占有部分の引渡命令を求めるというに帰するところ、原審は、民事訴訟法(以下民訴と書く)第六八七条に基く引渡命令は、債務者が競売不動産を占有しその引渡を拒んだ場合に、競売手続終了の方法として発せられるものであると解すべきところ、申立人(抗告人)の主張によれば本件建物のうち、引渡を求める部分は現に債務者において占有せず、相手方会社が昭和二七年一月以来占有使用しているというのであつて、既に債務者において引渡を求める建物部分を占有していない以上、同人に対する引渡命令を発し得ないものというべきであると説示し抗告人の申立を却下したものであることは、原決定の上において明らかである。

(2)  本件記録によると、福岡地方裁判所は、前記競売事件につき、昭和二五年七月一二日強制競売手続開始決定をなして、本件建物(及びその附属建物並びに他の一棟の建物)を差押える旨宣言し、同決定は同月二四日債務者藤壼勇に送達され、また同月二〇日強制競売申立の登記が記入されたことが認められるから、右登記の記入と同時に本件建物に対する差押の効力を生じたものと解すべく、そして強制競売が差押不動産の所有権及び占有権(但し競落人に対抗し得るものを除く)を競落人に移転するの効果を目ざすものである以上差押の効力を生じた後に、債務者との賃貸借契約によつて、差押建物を占有する第三者に対しても、競落代金の全額を支払つた競落人は、左記(一)ないし(四)の理由によりその占有建物の引渡命令を求め得べく、あえて、第三者を被告とし同建物の引渡を訴求する迂路に出る必要はないと解するを相当とする。

(一)  民訴第六四四条第二項によれば、差押後でも債務者は差押建物の利用・管理権を失わないので、第三者は債務者からこれを賃借して占有使用することを妨げないけれども、それは、競落許可決定のあるまでに限られることは、同法第六八六条及び第六九四条第一項第二号の解釈上容易に理解し得るところであるばかりでなく、すでに差押の効力を生じた後に、差押建物について賃借権を取得した者は、該賃貸借が民法第六〇二条所定の期間を超えるものであると否とを問わず、また期間の定あると否とにかかわりなく、該賃借権をもつて差押建物の競落人に対抗し得ないのであるから、競落人は、競落許可決定後は、当然当該賃借権が存在しないものなることを主張し得るものというべきである。

(二)  差押の効力を生じた後に、差押建物について質権を取得し、また例えば差押宅地について質権もしくは地上権を取得した上、右建物・宅地を占有使用し、かつ質権・地上権設定登記を経た第三者の当該権利の登記は、配当表を実施した後で民訴第七〇〇条に従つて抹消されるのであつて、あえてこれが抹消を訴求するの必要はない。また、借家法施行前の状態において考えると(すなわち借家法がないものと仮定すれば)差押の効力を生じた後に、第三者が賃借権を取得して、その登記を経た場合でも、該賃借権の登記は同じく、右第七〇〇条に従つて抹消される。しかして、それは単に登記だけを抹消するというのではなく、その前提として右の質権・地上権・賃借権そのものを否定するものと解すべきであるから、もし反対説のように以上の第三者に対しては、競落不動産引渡の訴を提起することが必要であるとすれば、占有の権原たる本件(質権・地上権・賃借権)そのものは執行手続の上で簡易に消滅させられながら、占有だけの移転を目的とする訴を必要とするという、まことに奇怪な権衡を失する結果となる。かくの如きは到底組し難い見解である。

しかして、以上説示するところは、賃借建物の引渡をもつて賃借権の登記に代る対抗力を認めた借家法(第一条)の施行によつてなにら左右されるものではない。すなわち、建物について差押の効力を生じた後に、同法第一条の引渡を受けた賃借人の賃借権は、前陳の通り、競落人に対抗し得ないのであるから、裁判所は、競落不動産引渡命令申立事件において当該建物の引渡が、差押の効力を生じた後になされたのであるか否かの事実を確定すればよいのである。前記質権・地上権及び借家法施行前の賃借権にあつては、多くの場合登記簿の記載によつて差押の効力を生じた後の権利であるかどうかが、一見して明認できるというまでであつて、裁判所のこの点に関する事実の確定を不要とする訳ではないのである。

(三)  債権者が不動産強制競売を申立てるには、その目的たる不動産につき賃貸借あるときはその内容を証する証書を添附することを要し、その内容を証明できないときは、執行裁判所にその取調を申請することができ、裁判所は執行史をしてこれが取調をなさしめる。

そして、競落人に対抗し得べき賃貸借は、競売期日の公告に掲ぐることを要し、これに違反するときは、裁判所は利害関係人の異議又は職権調査の上競落を許さない。(蓋し、賃貸借の有無は競買申出をなすか否かを決意するについても、また競買申出の価格についても関係する所が大きいからである。)従つて競売期日の公告に賃貸借が掲げられていなければ、競買申出人は、対抗力ある賃貸借がないものとして競買を申出でるであろうし、競落期日において利害関係人から異議の申立もなく、かりにあつても理由がないために、そしてまた裁判所の職権調査を経た上で、競落許可決定が言渡されるものである以上、競落人としては、民訴第六八七条に従つて、競落不動産の引渡を申立て得るものと信ずるのは寧ろ当然である。競売期日の公告には、競落人に対抗し得る賃貸借を掲ぐるを要し、これに対抗し得ない賃貸借は換示の要がないとする数多の判例は、以上のことを裏ずけるものといい得よう。しかるに、競落人に対抗し得ない賃借権に対して、同人が債務者でなく、第三者であるというだけの理由で、民訴第六八七条の適用を否定し、訴訟の方法によつて引渡を求むべきであるとする説は、著しく現行競売手続の構造に背馳するものであつて、支持し難い見解というの外はない。

(四)  競落人は、競落許可決定によつて、競落不動産の所有権を取得するだけでなく、執行手続の上で終局的にはその占有権(但し競落人に対抗し得るものを除く)をも取得するものとせねばならない。執行手続の上で、所有権だけは取得するけれども、占有権は別訴をもつて取得するを要するとするは、そのこと自体既に妥当を欠く見解である。わが民訴が、競落人の所有権取得に関する第六八六条を承けて、同条のつぎに占有の取得に関する第六八七条を置いたのは、民訴第六五〇条・第六五一条・第六四九条等の規定と相まつて、競落人に対し対抗力のない賃借人に対しても、管理命令または引渡命令を求め得ることを前提するもので、第六八七条第三項に債務者とあるのは、通常の場合について立言したものと解すべきで即ち、所有権の競売においても債務者といつているのとひとしく、占有の引渡においても、債務者といつているのであつて、特に債務者以外の第三者を除外するという積極的意味を有するものではない。

(3)  以上説明の通り、相手方会社が本件建物について、差押の効力を生じた後の昭和二七年一月に、債務者との賃貸借契約に基いて本件建物の一部を占有使用しているとすれば、抗告人の本件引渡命令の申立は許容すべきであるのに、原審が前段摘示の如く説示し、容易く右申立を却下したのは不当であつて、原決定は取消を免れない。そして、記録によれば、抗告人は前示競売事件において、本件建物の外、他の建物をも競落しておるので、相手方会社が昭和二七年一月債務者から競落建物の一部を賃借占有していることは認め得るけれど占有部分が果して本件建物の一部であるか否かは明らかでなく、この点について、なお、証拠の取調が必要でもそのあると認められるので、本件を原裁判所に差戻すべきものとする。

よつて、主文の通り決定する。

(裁判長判事 桑原国朝 判事 二階信一 判事 秦亘)

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